不幸化計画。


【introduction:夢見た日常3】

空木恭太郎。
彼はごく普通の男子高校生だ。
容姿も普通。成績も普通。
趣味はネットとゲーム。
孤立しているわけでもなく、友達だってそれなりにいる。
どこにでもいる16歳の男子高校生。
学園ものの漫画の隅に、通行人として、あるいは教室で喋る主人公たちの後ろにただの背景として登場する名前のないいわゆるモブキャラのような。
しかしだからこそ、その中に堂々と存在している異常性は誰にも気付かれなかった。
モブキャラの心情の描写など誰も知り求めてはいないのだから。

そして彼は正解を知っていながら間違え続ける。


情けは人の為ならずという言葉がある。
確か善事を働けば、それが巡り巡って自分に返ってくるとか、そういった意味だったと思う。
僕はこの言葉を全く信じていない。
返ってくるはずがないだろう。
そりゃあ、人望があって周りの人々から好かれる人物であれば“恩を売りに来る”奴だってたくさんいるだろう。善事なんか行わなくても返ってくる。
貸してもないのに返ってくる。
しかもそれもある程度容姿が整ってる人に限るんじゃないか。
少なくとも僕の知ってる奴で人望があって好かれている奴は容姿が良い。
断定出来る。
不良だろうが優等生だろうが顔の良い奴はモテる。人望も然りだ。
そもそも……
「容姿が整っている。なおかつ人望がある。」なのではなく、
「容姿が整っている。だから人望がある。」と表現するのが正しいのではないのだろうか。
僕はそう思う。
だからこんな綺麗事で固められた諺が嫌いだ。
人をそれがたとえ無意識の下であっても“区別”してしまう世の中も嫌いだ。
その世の中で特別に“区別”されイージーモードで生きている奴はもっと嫌いだ。
そう、大嫌いだ。

目の前にいる、この早緑和磨という人間のような奴が。

僕はぎりりと奥歯を噛み締め、目の前ににやにやとあざ笑うような笑みを浮かべて頬杖をついて座っているその男を睨みつけた。
「何を、言っているんですか?」
怪訝そうな態度をとり、言葉に棘を纏わせる。
「そのままの意味だけど?」
彼は僕が向けた敵意をものともせず淡々と答えた。
本気で言ってるのかこいつ。
幸せだなんだとかいきなり言い出して高校生にもなって中二病かよ。馬鹿馬鹿しい。それでも人望があるのが妬ましくて憎くて仕方がない。
「帰ります。」
僕は肩に背負った荷物を再度背負い直して踵を返そうとした。
「待てよ。」
が、彼の声に阻まれる。
しつこいな。転校初日に変な奴に目をつけられてしまった。
彼を睨みながら振り返る。僕は思わず目を見開いた。
「まだ質問に答えてないだろ。」
僕が睨んだ先にいた彼の顔は先程のあざ笑うような笑みを完全になくしていた。
眼鏡のレンズの向こうに見えるくぐもった目が僕をとらえている。
口角は上がっているが彼の目は真剣そのもので、その姿、言葉から放たれている言い知れぬ気迫が僕の動きを完全に止めた。
息が詰まる。ひやりとした感覚が喉の奥に流れ込んだ。目が離せられない。
周りの3人の様子を伺おうにも彼から目が全く離せられない。
恐怖に似た感情が湧き上がる。
いや。
きっとこれも歳上を相手にしている緊張感からのものだ。
悔しいが彼の容姿に劣等感を抱いているのは確かで、きっとそれが僕に負い目を感じさせているのだろう。
そうに違いない。そうに違いないんだ。
僕が下手に出る必要は全くない。
ただ意思を伝えればいい。
僕は細く息を吸った。口を開いてもなかなか声が出せずにいた。
「……し、」
声帯からやっと音が発した。
それをきっかけに僕の意思を示す。
「幸せがどうとかそんなの個人の尺度によるじゃ、ないですか。あなたは生徒会長だから生徒皆が幸せであるべきだとか、そう言うこと言いたいんでしょうけどもそれはあなたの理想の押し付けって言うか‥‥エゴですよね。」
再度息を吸って言い放つ。
「綺麗事を言わないでください、気持ち悪い。生徒皆が幸せな学校なんて冗談じゃないです。」
喉の奥が脈動している。こめかみのあたりから熱いものが頭の中に伝わった。
さあ、これで僕は質問に答えた。やっと解放される。
すると彼は微笑んで頬杖をついていた手をよけ、立ち上がって静かに言った。

「おめでとう、合格だね。」