「あ、いらっしゃい!ちづちゃんのクラスの子だよね!」
ドアを開くのとほぼ同時に目の前に女子が現れ僕の顔を覗き込んでそう言った。
僕は驚いて少し後ずさりする。
…可愛い女子だ。この子とも仲良く出来るなんて。
心の中でガッツポーズをする。
「あっ、ごめんね?びっくりしちゃったかな?ささ、入って入って!」
腕を掴まれ半ば強引に教室の中に引き込まれた。
教室を見渡すとそこには3人の生徒がいた。
そしてその中の1人である、僕を迎え入れた女子が僕の方を向き、満面の笑みで
「私3年の雛麻琴!よろしくね!」
と自己紹介をした。
明るい栗色の髪色のおさげに大きな瞳。その声と容姿からは木目さんとは逆の幼い印象を受けたが、先輩だったらしい。
いきなりの自己紹介に戸惑ったが、美人な木目さんに加え、明るく活発で可愛らしい先輩…。
来てる!これは来てるぞ!
「急に自己紹介されても困ると思いますよ。雛先輩。」
完全に浮かれきっていた僕はその言葉に我に返る。
声の主のほうを見てみると、壁にもたれかかったままこちらを見て微笑んでいた。
雛先輩はそっかー、と陽気にこたえた。
黒いジャージに白いパーカー。そして肩くらいまでの長さの金髪。
…金髪?
地毛…なのか?
一応この学校は進学校だと聞いたのだが…。こんな奴も居るのか。
「初めまして。ボクは1年の橘伊織です。」
と、独特な笑みを浮かべて僕に向かって言った。
先輩に困るとか言っておいてお前も自己紹介するのかよ。
…しかし、この金髪の後輩。
この後輩の性別がわからない…。
中性的な顔立ちだし、羽織ったパーカーで体のラインが隠れてしまっているので見た目での判断が厳しい。
そして何とも言えぬこの独特な雰囲気。
もしや男の娘…?
無言で呆然と立ち尽くし、その後輩をじっと見ていると、
「ああ、性別の判断はそちらにお任せしますよ。」
面白そうなので、と付け足すように言った。
ああ、そういうキャラか…と、一旦納得しかけたがちょっと待て。
今僕は何も言っていないはずなのに。
まるで僕の心を見透かされているようで、先ほどまで下心全開だった僕は一気に青ざめた。
なんだろう、初対面だけど直感的に、こいつを敵に回したらヤバい、みたいなそんな感じがする。
冷や汗が頬を伝っていくんを感じながら、僕も自己紹介を、と思い改めて残りの1人の男子に目を向け、
「木目さんに紹介されて見学に来ました、2年の…」
「空木、恭太郎。」
ついえっ、と声を漏らす。
僕の言葉を遮るように先に名前を呼ばれた。
その声は僕の後ろから聞こえてきた。
「なんだ、お前か。」
と、目の前に居る彼は僕の背後を見て呟いた。
…木目、さん?
そう思い振り返ったその先に居たのは。
長い黒髪をだらりと垂らし、左目に眼帯をつけた、青白く血色の悪い顔色の得体の知れぬ不気味な人だった。
猫背で少し俯き気味だったので顔は見えなかったがその口元は笑っているようだった。
ひっ、と情けない声を上げて、僕は後ずさりをして後ろの机に思いっきりぶつかった。その鈍い痛さにまた音をあげそうになったがぐっとこらえた。
僕の後ろに立っていたというのに全く気配がなかった。
まるで幽霊だ。
一瞬木目さんだと思った自分が恥ずかしい。
美人な木目さんとは似ても似つかない。ただただ不気味な女子だ。
こんな幽霊のような人が何故僕の名前を知っているんだろう。
「あっ、千代ちゃん!」
と雛先輩が明るい声をあげ、その人に近寄っていった。
こんな幽霊みたいな人にフレンドリーに接する事が出来る雛先輩は凄いな…。
正直少し帰りたくなっていたのだが雛先輩の声で癒された。
こほん、と後ろから咳払いをする音が聞こえ、はっとして振り向く。
「空木恭太郎君。」
と、真正面に座っていた男子生徒が僕の名を呼んだ。
その瞬間、背筋がぞっとして、再び冷や汗がどっと出た。
「転校初日だというのに、突然呼び出してしまって申し訳ないね。」
笑みを浮かべて彼はそう言った。
彼の笑みを見ても何故か僕の緊張はおさまらず、身体は硬直していた。
…呼び出したのはこの人か。
木目さんじゃないことに少しがっかりしている僕がいた。
しかし、転校初日なのにこの男子生徒に何故か見覚えがあることに気付く。
彼は席を立ち、目の前の僕を真っ直ぐに見て、また少し笑みを浮かべる。
身長差の関係で僕が彼を見上げる形になっている。
そして僕は今日のことを思い出す。
そうだ、この人は。
「俺は生徒会長の早緑和磨だ。」
生徒代表としてステージの上で喋っていたこの先輩のことを思い出した。
周りの女子生徒が騒いでいたのを覚えている。
それもそのはず。この人は男の僕から見ても整った顔立ちのイケメンだ。
高身長で整った顔立ち。少し跳ね癖のある黒髪に、黒縁眼鏡。
僕はそんな彼の顔立ちに嫉妬全開だった。
いいよな、人生イージーモードの奴は、なんて卑屈な事を考える。
しかし、そんなイケメンの生徒会長様が直々に部活勧誘とは。
一体どんな部活なんだ。
彼は静かに僕に語りかけた。
「空木君。」
「君は、ここの学校の全ての人間が幸せであるべきだと思うかい?」
そんな彼の言葉が沈黙の中に響いていた。